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地の塩、世の光とされ☆

皆さん再びおはようございます。

さて、今日は朝出勤です。

今日も御言葉から分かち合いさせていただきます。

■ディボーション・第1テモテ2章1節〜15節

■御言葉1節〜3節

●そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。(1節)

●それは、私たちが敬虔に、また、威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです。(2節) 

●そうすることは、私たちの救い主である神の御前において良いことであり、喜ばれることなのです。(3節)

■分かち合い

■1節

これはパウロからテモテへの手紙です。

●そこで、まず初めに、このことを勧めます。

と、2章が始まってますが、

何をもって、「そこで」と書いているのかと言えば、

■第1テモテ1章15節〜17節

●「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた。」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私は罪人のかしらです。(15節)

●しかし、そのような私があわれみを受けたのは、イエス・キリストが、今後彼を信じて永遠のいのちを得ようとしている人々の見本にしようと、まず私に対してこの上ない寛容を示してくださったからです。(16節)

●どうか、世々の王、すなわち、滅びることなく、目に見えない唯一の神に誉れと栄えとが世々限りなくあるように。アーメン。(17節)

■すべての人をあわれみ救いたい神

この御言葉にかかっていて、

「私は罪人のかしらです!」とまで告白したパウロが神のあわれみを受けて、イエス・キリストの十字架と復活を信じ救われ永遠のいのちを得るようになったのは、

「神が全人類をパウロと同じようにあわれむ」ということであり、

神はパウロをその見本として、方々に遣わし弟子のテモテに御心を継承し、

テモテもいずれ弟子をつくり、

このようにして、世々限りなく、キリスト・イエスの救いが広がって行き、

主の御名がほめたたえられて行くことを神は望んでおられます。

■救いのギフトを受け取るか否か

ここで大切なことは、「この神のあわれみに応答し受けとるか否か」が重要ポイントですね。

■王や地位の高い人のために祈る

そう言うことで、御言葉の続きで、

●すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。

の、「すべての人のために」と「すべての王や地位の高い人」という言葉で分かれてますが、やはり権力者は福音が伝わりにくいというのはあり、ここを強調しているのだと思います。

祈りの種類が

?願い

?祈り

?とりなし

?感謝

とありますが、

?の「願い」においては私たちの必要をすべて知っておられる主に願うことは神様は喜ばれます。

?は「願い」が自分の必要を求めることなら、「祈りは神ご自身や、御心を求める」ことになります。

?は、「神は戦う神」であり、人が出来ない霊的な御心を変わりにし、「霊の戦いにおいて勝利させてくださるお方」であります。

クリスチャンは他のクリスチャンのためにこれを祈るように、

王や地位の高い人にも、例えば不正を行いたい誘惑を退かせ、

「神の御心の政治を行えるよう、神のやり方に委ねて行けるとりなし祈る」ことが御心だと言っています。

?は「?〜?をするライフスタイルは確かに神への感謝が生まれます」ね(^-^)

■2節

●それは、私たちが敬虔に、また、威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです。 

「?〜?のような祈りの生活」こそ、このような日々となる秘訣ですね(^-^)

■3節

●そうすることは、私たちの救い主である神の御前において良いことであり、喜ばれることなのです。

キリスト・イエスの聖徒が一番に喜べる時というのは、神様に喜んでもらえる時ですね(^-^)

■主に栄光をお返しする時

「神を思わず自分だけが喜んでいる状態」は、「自分に栄光を返している証拠」であり、それでは世の人と変わりありませんし、福音も広がりませんね。

私たちはこうして主から「地の塩」(マタイ5章13節)、「世の光」(マタイ5章14節)とされるよう、

神の御心を願い、祈り、とりなし、感謝する生活するなら、

●あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。(マタイ5章16節)

の御言葉もきっと実現しますね(^-^)

では、今日はこの辺で(^-^)

今日も皆さまの上に、主の恵みのシャワーが降り注ぎますように☆