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バイクの楽しみ方を教えてください 御礼偏

昨日の日記 ”バイクの楽しみ方を教えてください” にたくさんのコメントいただき

ありがとうございます

ぺこ (_ _)

本来ならばコメントひとつひとつに返信させていただかなくてはならないところですが

なかなかひとつひとつが感慨深いコメントで

どう返信させていただいたらよいのか・・・

ボキャブラリ貧困で考え込んでおりました

正直なところ

バイクに乗るきっかけってのは人それぞれであろうことは想像に難くなかったのですが

本当にひとそれぞれということを改めて感じましたし

否定的でもあったという・・・想像もつかないコメントもあり

青天の霹靂

一つの趣味の中で本当にいろんな経緯があるんだなぁ・・・

まさに人に歴史ありですね

とともに人それぞれの想いもあり

感慨深く読ませていただきました

さて

コメントを読ませていただきつつ

自分自身の経緯を改めて思い返しましたので

ここで少し自分自身の経緯をば

僕自身のバイクとの出会いは15の冬

受験も控えた中三の年末でありました

オヤジの弟

つまるところは叔父なのですが

オヤジとはかなり歳が離れており

どちらかというと歳の離れた兄というような存在でした

その叔父がモトクロスをやっており

なんの気まぐれなのかその年末に

「バイク乗りにいかへんか?」 と声をかけてきました

その当時はいろいろと緩いご時世

淀川の河川敷に重機を持ち込んでコースなんかを勝手に作ってたりと・・・

そこで生まれて初めてのバイク

HONDA CR125

知識もな〜んにもない中学生

これがクラッチ

これがブレーキ

これがアクセル

エンジンはこのキックで

まぁ教えるほうも雑なもの

それでもなんとかエンジンをかけて

なんどもエンストしながらもトロトロと走る・・・?

チェンジなんておぼつかないもの

ギクシャク ドタバタ しながら

今思えば

はたから見たらノロノロとおぼつかない走りだったでしょう

けども

今でも覚えています

あのドキドキ ワクワク

自転車とは次元の異なるスピード感

エンジンの躍動感

エグゾーストノートの甲高い響き

焼けたオイルの香り

 *CR125 は2ストでレーサーです

もうすっかり虜です

昼過ぎに乗り出して帰宅は夕方

帰宅して開口一番

”高校入ったらバイク乗る!” 宣言

なんとか無事に高校に入学し

とりあえず16歳の秋に原付免許

たまたまおかんの知り合いから原チャ(ヤマハ パセッタ)をもらい受け

僕のバイクライフは始まりました

パセッタはその当時でも古いほうで

その当時はタクトやジョグなんかが出だしたころ

周りでもスクーターでなくMBXやRZなど

フルサイズ ゼロハン と呼ばれるミッション原チャに乗る友人も多数

そんな中

僕はやはりモトクロス系がほしい

それも

やっぱ初めて乗った CRのイメージが大変強く

HONDA MTXシリーズがほしい!!!

もし・・・初めて乗ったのが YAMAHAのYZやったらDTとかになってたのでしょうね

これがいわゆる ”刷り込み” ってやつなのかもしれません

さて

原付免許で乗れるのは

HONDA MTX50R(当時新車で¥186000)

中型免許の取得も考えたものの

パセッタでは物足りないミッション付きに乗りたいと

高1の冬に某Mマークのハンバーガーショップでバイトを始めたのでした

年も明けた高2の春

クラブ活動もすることなく

帰宅後はバイトとバイクに明け暮れる日々

パセッタで遊びつつせっせと時給¥560をため続け

貯蓄はまだまだ購入には至らぬ数万円

そんな中

一人の同級生が声をかけてきました

「なんか原付買うんやって?」

うんうん

ミッション付きに乗りたいから今貯めてるねん

「乗ろう思って買ってんけど・・・いまいちやったんでいらんねんけど・・・買わへん?」

車種はなんなん?

HONDAのMTX50R

(; ̄ー ̄)...ン?

Σ(=゜ω゜=;) マジ!?

な・・・なんぼで?

「中古で買ったし ¥60000でどう?」

Σ(=゜ω゜=;) マジ!?

買う!買うます!

中古でも¥60000は破格ですがね

 (当時の中古車市場でも100000は下りませんでした)

 (それ以前に球数が少ない)

そんなこんなで思いがけず格安でMTXが僕のバイクになりました

そこからはもう思い返してもバイク・・・バイク・・・バイク・・・

ろくに勉強もせずにバイトとバイクに明け暮れる

バイト代は燃料と部品代に消えていく

消耗品やオイル交換

転倒の修理

故障の修理

日々のメンテナンス

ショップに出してメンテや修理をする財布の余裕もないので

ショップで部品だけを購入し自分でやるしかない

新品で買えないほどの財布事情の時には解体屋で部品探し

今となってはとても良い経験となったわけです

また

うちはじい様が飲食店をしており

もうすでに店はやめていたのですが

その店舗が自宅の敷地内で

それがそのまま僕のバイク置き場となっており

メンテナンス場やたまり場にもなっており

また

自宅周辺は4大メーカーのショップやタイチや南海部品やと

バイク関連ショップも多数あり

バイク乗りにはとても好環境だったのです

そんな環境でずっぽしバイクにのめりこんでいったのです

そんなこんなで数年が経過し

18歳で車の免許と同時に中型二輪も取得し

専門学生時代はこれまたいろいろラッキーが重なり

NSR250(87)、(88)と乗り継いで

これまたずっぽしバイクにますますのめりこんでいったのでありました

刻はいつしか流れ二十歳も超えて社会人となり

NSRがなんだか楽しくなくなってきたのでした

NSRって開けてなんぼのレーサーレプリカ

生意気ながらも社会人の自覚みたいなものが芽生えたころ合い

事故でもしようものならば・・・と思うと今までのように開けれない

もう少しおとなしいバイクにしようかな・・・

やっ車もあったほうがええよなぁ・・・と思いだしつつ

出会った一台の車

ミツビシ パジェロ

そこからはすっかり パジェロの虜になりました

そうなると・・・バイクはなかなか乗ることもなくなり

このままじゃNSRが痛んでいくだけやなぁ・・・と

思い切って乗ってもらえる人に譲ることに

パジェロはとても楽しくて

もうバイクに乗ることもないのかなぁ・・・なんて思いつつも

あるべきはずの場所にあるべきものがない状況

なにかポッカリ抜け落ちたような

すごくすごく物足りない状況に

思わず エリミネータ400 を購入

エリミネータならば落ち着いてのんびり走るかな?と

だがしかし

どうしてもNSRの感覚が忘れられなくて・・・

エリミネータが物足りなくて・・・

そのまま2度目の車検を通すことなくバイク王に・・・

もうバイクはしばらくは・・・と思いつつ

やはりどうしてもどうしても・・・と懲りずにKLE250アネーロを購入

またまただがしかし

今度は仕事やなんやかんやと乗る時間がなくなって

それでも次に手放すと・・・もう買えないかも・・・

日に日に朽ちていくアネーロ

それでもなくしたくない・・・

それでも日々忙しく過ぎていく日々

入社してから早刻は流れアラウンドフォアにも近づくお年頃

若干死というものを意識する入院のきっかけもあり

思い残すことはないか・・・?と病室で考えた

そうだ!大型バイクに乗らずに死ねるものか!と

庭で朽ちかけていたアネーロを修理して

教習所に通い始め

教習所の卒業を待たずしてCB1300SFを購入

このCBがまた僕をバイク講習会へいざなう布石となったわけですが

こうして今にいたります

紆余曲折ありましたが

僕の半生バイクとともにあったといっても過言ではないでしょう

今もまだまだ楽しくて仕方がない状況ですが

これほどに楽しめる趣味に出会えたことは幸せなことだと思ってます

楽しいと思えることとして

自分の趣向もありつつも

それをともに楽しめる仲間との出会い

それがその趣味を楽しいと思えるひとつ だが大きな要因なのだろうと思います

それに出会えるか

出会えたときに自分自身が気付けるか

それが楽しむために大事なことなのではないのだろうかと思います

長々とツラツラ書きなぐりましたが

今回の日記にコメントいただいた方々

読んでいただいた方への返信とさせていただきます

 (返信になってない気も多々しますが・・・)

本当にありがとうございます

皆様には大変感謝しております

今後ともよろしくお付き合い

お願いいたします

ぺこ (_ _)