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不安と恐怖

昔の人は言いました

「人間は何のために生きるのか考えたことがあるかね?

人間は誰でも不安や恐怖を克服して安心を得るために生きる。」

「名声を手に入れたり人を支配したり金儲けをするのも安心するためだ。」

「結婚したり友人をつくったりするのも安心するためだ。」

「人のために役立つだとか愛と平和のためにだとかすべて自分を安心させるためだ。」

昔の人が言ったこの例えが面白い

その人が感じる「不安や恐怖」って個性があると思う

ある人は不安を克服するために「名声」を手に入れようとする

ある人は不安を克服するために「金」を手に入れようとする

ある人は不安を克服するために「結婚」や「友人」を手に入れようとする

ある人は不安を克服するために「人のために」とか「愛や平和」を手に入れようとする

例えば、人の目なんて全く気にしなくて全く不安に感じない人にとっては「名声」なんて興味がない

例えば、お金に全く不安がない人にとっては「お金」を無理に稼がないだろうし

例えば、結婚願望ゼロの人にとっては「結婚」なんて興味がない

例えば、人に興味がなくて自分大好き人間なら無理して「友人」作らないだろうし「人のために」とか「愛や平和」とかも全く興味がない

その人が感じる「不安や恐怖」って、その人独自が感じるもの

その人の本質かもしれない

その「不安や恐怖」を克服するために、その人が努力している事柄の元を辿っていくとその人の本質がみえるのかも

じゃあ私の本質は何なのだろう?

私が感じる「不安や恐怖」は?

私は、どんな「不安や恐怖」を克服しようと努力してるのかな?

寝れないと そんな下らない どうでもいいことを考えてしまう

元々は「失敗」とか「人から嫌われる」とかが「不安」な人だったのかな

人にどう思われるのかが怖いとか

人の目ばかり気にするとか

そういうのが「不安」な人だったのかな

それって自分が勝手に作り出した妄想みたいなもので、人の目が気にならない天上天下唯我独尊みたいな人ならば「不安」だと微塵も思わないだろう

RADWIMPSの「One man live」の歌詞に次のような内容がある

「もしも折れかけたその足に痛みを感じなければ

君は何も知らず 歩き続けるだろう

傷ついたことに気付いてと願う その痛み達は

君を守るためにそこにいたんだよ

ならば もう もう恐いものはないんだと」

「不安や恐怖」を感じるって生きていく上で必要だと思う

必要以上に「不安や恐怖」に潰されるのは嫌やけど(笑)

自分が「不安や恐怖」を克服するために努力するのもいいと思うし

自分が感じてる「不安や恐怖」ってくだらないから捨てるのも良し

そもそも「失敗」ばかりの人生で、元々は「失敗を恐れる人」だったけど、失敗に失敗を重ねても生きていかなくてはならないのをわかってしまってるから(笑)

「不安」に感じても仕方ない(汗)

人に裏切られても嫌われても、生きていかなくてはならないのをわかってるから「不安」に感じても仕方ない(汗)

私は「不安や恐怖」を克服することに囚われる人生は嫌だなぁ

最近、新しいやりたいことみつけた

新しくやりたい仕事をみつけた

楽しみ

新しくやりたいことに挑戦するって

楽しみで仕方ない