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やがて消えるものならば……

 先日、電車にて、真向かいの席でカップルが座っていた。

 二人ともスマホを握り締めて何かをずっとしていた。

 ふと、女性の左手が彼氏と思しき男性の腿に触れる。

 だが、男性は反応を示さず、ずっとスマホの画面を見続けていた。

 度々、女性はその行為を繰り返すも、男性は一切の反応を見せなかった。

 そして、目的の駅に着いたのか、女性は席を立つと、遅れて男性も席を立ち、

女性に着いていくようにして降りて行った。

『こんな関係でしか成立しない世の中っていったい何なんだろうな……』

 そんなことを本気で思った。

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 いつもずっとスマホなどの画面を見続けて、一切の反応を示さないような人とは、

多分、自分は関係を維持することは無理だろうなと思った。

 そして、自分はそのような考えでいるからこそ、

今の立ち位置にいるのだろうなということは理解している。

 ただ、そのことに関しては譲れない志向の境界線がある以上、

自分の考え方を整理する必要があるなと、真面目に思った。

 私は、直接話をすることが好きだし、相手の表情を見て親しみを覚えたいし、

料理をしたり、旅行に行ったり、運動したり、食事や買い物をしたりというように、

触れ合いがあるという事に重きを置くタイプの人間だ。

 このような文章でも、最初に、紙とペンを使ってネタだしをしてから書く。

 不便ではあるが、その事によって、思いが残る気がするんだ。

 日々の体調や、感情の起伏等が文字の形や文体に現れ、

 同じような内容でも印象は全く違ったものが出来上がる。

 何かを書くという行為自体によって自分自身を観察すること自体が楽しいんだ。

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 言葉や行動を大事にする人は、

自分と同じようなことをしているんだろうなと勝手に想像している。

 その行為が古臭いとか不便だとか、

外野の声は自分にとっては不要だからどうでもいい。

 だから、出来るだけ外に出た時には、アナログな作業に徹する。

 アナログな作業ほど、他と違って、何をしているのかが周囲から解るから。

 そのような行動に対して、反応があれば、

見えてくる人の感情や行動というものがある。

「一体、何をしているんだろう……」と。

 そういうところから生まれる想像があり、思考があり、興味がある。

 そして、自分もそのような反応から、様々なことを感じたい。

 人は相手がどんな人かを見て、そこから想像することで、

相手を察していくものだと思っている。

 だから、他人に見えないことをしていれば、

お互いに相手を察することができない以上、良い巡り合わせなんてあるはずが無い。

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 今の業界へとくることできた切っ掛けとなったのは、

昔、お世話になった会社の人事の方が、私の履歴書の字と文章の流れを見て、

私を採用したいと言ってくれたからだ。

 そして、今の仕事も、人が真似をしない様なことを、

自分がしていたことが切っ掛けとなって、

噂が立ったことがその理由だということも聞いた。

 今、自分がここにあるのは、全て≪目に見える行動の結果≫によるものだから。

 だからこうして、日々、足掻いて自らの存在を確認しようとする自分がいるんだ。

 そのようなことが解る人と出会いたいと願い、こちらも支えたいと思う。

 何れはやがて消えてしまう、その前に……